今回の地震・津波の災害の中で、東北教区の現在
3月11日(金曜日)午後2時46分頃とされる今回の大地震発生、続く津波の甚
大な被害から5日が経ちました。また今は福島の原発のことで、大変な騒ぎとなって
います。地震の日もその後雪が降りましたが、今日もこれから気温が下がるといわ
れ、率直に言えば「火攻め・水攻め」の感じもします。そこに兵糧攻めも加わり、頻
繁に余震を感じます。また携帯電話の充電がすぐ切れる他、電話が通ぜず、移動しよ
うにもガソリンが補給できない等、ふだん考えなかったことが重なっています。東北
教区主教座聖堂のある仙台市の中心部は、建物の崩壊もなく、外見的には落ち着いて
見えます。しかしいわゆるライフライン、食糧、水の確保は誰にとっても簡単ではな
く、5日が経ってだんだん整うというよりは、生活上の難しさが加わっているように
思います。とくに高齢の方々はかなり不自由な生活を強いられていると感じます。同
じ市内でも、場所によって水・電気・ガスが出始めた所もあれば、それらがすべて駄
目というところもあります。ガスはまだだかかると言われています。また交通機関も
東北新幹線の回復の見込みがたたないことをはじめ、まだまだでしょう。
しかし、もちろん皆さんがテレビでご覧になる被災地、とくに津波による直撃を受
けた地域と人々の惨状、困難は比較になりません。避難所の生活も困難の度合いを増
していると思います。非常に広範囲な被災地、地理的な問題もあり、支援もまだまだ
行き届かないのだろうと思います。仙台市内・主教座聖堂にいるわたしたちも、それ
らの地域にはまだ直接足を踏み入れることもできずにいます。該当する地域にある教
会、とくに岩手県釜石の釜石神愛教会と神愛幼児学園(保育園)のこと、福島県相馬
郡新地の磯山聖ヨハネ教会については非常に心配しています。釜石は津波も園舎には
達せず、一応無事ということですが、信徒方とはまだ直接安否の確認を出来ていませ
ん。磯山は海際にあり大変厳しい状況です。残念ながら(3月14日現在)すでにお
一人の死亡が確認され、他の信徒ご家族についても行方不明とされています。それぞ
れ避難所におられることを祈っていますが、連絡がとれません。今はまた小名浜の教
会が、福島原発の問題で「屋内待機」となっていますし、避難する方たちが郡山や福
島に多く向かわれています。仙台基督教会信徒に、仙台市若林区や名取、七ケ浜等、
津波の被害の大きな地域の人も複数あり、教会司祭は現在、全信徒の安否の確認に取
り組んでいます。3月13日の主日、仙台基督教会・主教座聖堂では聖堂の使用を控
え、会館にて礼拝を捧げました。教区内の教会、幼稚園については、倒壊のようなこ
とはありませんが、それぞれ被害が伝えられています。
多くの困難、惨状、課題があることはテレビ等でよくご覧頂いていることと思いま
す。
同時にそうした中にあって、仙台、東北の人々の優しさや礼節のようなものに感激す
るほどです。地震直後、信号が切れ、警官も出ていない大きな交差点でも、渋滞した
車が混乱もせず、いらいらもせず、穏やかに譲り合ってうまく流れている様子には驚
きました。高齢者の方等への親切や、お互いへの配慮も目につきます。
東北教区では、3月14日付けで「東北教区災害対策本部(仮称)」を教区会館ビ
ンステッド記念ホールに設けました。教区主教を統括責任者とし、多くの情報や課題
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に対して取り組む基地としようとしています。すでに複数の信徒の方が集まり、再会
を喜び、また必要な奉仕に関わってくれています。また15日付けで山形の涌井康福
司祭にこの対策本部への協力を命じました。各教会、信徒の状況の確認が急務です
が、今後長く、この地域が回復していき、人々の生活が回復していくことの中で、教
会として、教会の名に恥じない働きをしていくことが出来れば、この困難の中で癒し
の力の一つとなり、神様の栄光をあらわす器となれるならばと願っています。
しかし今はまだ、あまり先のことは言えません。
海外の聖公会、カンタベリー大主教はじめ全聖公会の救援機関からの支援の申し
出、東北教区と交わりを持つルイジアナ教区の教会、西ルイジアナ教区、テジョン教
区からのお見舞い、支援申し出のメッセージを受けています。そして日本聖公会全教
区の主教方をはじめ、各教区が最大限の関心をもって祈りを捧げてくださり、また何
か支援できることがあればと考えてくださっていることを、心から深く感謝いたしま
す。多くの友人方からも励ましをいただいています。しかし、今回の災害とそれに伴
う難しい諸問題は、東北地方だけでなく、北海道から北関東教区、横浜教区の範囲、
また東京都等をも広く含んでいます。わたしたちもまたお見舞いを申し上げなければ
ならないと思います。
これから始まる長い道のりと思います。主の御守りが人々の上にありますように、
わたしたちの歩みが主のみ心にかなうものとなりますように祈ります。
主にあって.
2011年3月15日
日本聖公会東北教区
主教 ヨハネ 加藤博道